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Cloud(クラウド)のきまぐれ日記
Cloud クラウドのブログ。日々の雑感・・・・・・・人,仕事,時事,金融,家族,ギャンブル,喜怒哀楽その他諸々。
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岩村、右脇腹痛め15日間のDL入り
デビルレイズ岩村明憲内野手(28)が24日(日本時間25日)、
右脇腹痛のため15日間の故障者リスト(DL)入りした。岩村は
これまで18試合に出場し、打率3割3分9厘、1本塁打、5打点、
3盗塁とメジャー1年目とは思えない活躍を見せていた。
(日刊スポーツ)
 

頑張っていたのに残念です。
MLB公式HPには日本語版もありますが、
城島やイチローと一緒に打率で上位に載っていたのに・・。
 
もちろん、韓国版のサイトには日本人のランクインはサクッ

消されています。
 
 
「なんでやねん!」
 
「岩村も城島もイチローもカール・ルイスも韓国人ちゃうんか!」
 


今日は競馬の話題にしようと思っていたのに、
このニュースが飛び込んできたので一言だけ書きました。
 



本日の本題。
 
競馬事情は欧州と日本では成り立ちが全く違います。
 
欧州の競馬は貴族の文化です。発祥は貴族の自慢です。
 
強い馬を育て所有することによる「馬比べ」と言っていいと思います。
 
城が近くにあったり、避暑的な場所にあったりするのもその為です。
 
おおらかというか、日本と同様に賭け事を楽しむということもありますが、
 
セレブの社交場であるという印象をみんなが持っていることだと思い

ます。
 
優雅というのでしょうか。
 
一般の観客も日本と比べのんびりしているように思います。
 
 
 
日本はというと、軍馬育成が発祥であり、農林水産省賞典の
 
「目黒記念」等がレース名として今でも名残があります。
 
日本は「ギャンブル」の色あいが欧州に比べて強いです。
 
しかし、負い目というか、後ろめたさを感じながら家を出て、
 
競馬場ではしゃぐのもまた楽しいものです。
 
ウインズもいいですが、やっぱりどうせ行くなら競馬場です。
 
知らないおっさん達と一緒に叫ぶのはここでは許されます。
 
非日常的な世界ですね。大人のディズニーランド?
 
しかし、現実に引き戻される?帰りの渋滞や満員電車は慣れません。
 
やっぱり疲れます。
 
 
帰りの出口から駅に向かう人の背中で、
 
その人のその日の結果がある程度分かるのも面白いです。
 
やっぱりオヤジは背中で語るのです。
 
勝ち組は駅までの店で一杯引っかけて帰ることも多いですね。
 
そうして地元にいくらかのお金を落とします。
 
 
 
その時の私の気持ちは小学校までフィードバックします。
 
ちょうど、日曜日の笑点が終わった時と同じで、
 
「あぁ、今日も終わったなぁ。月曜日になるなぁ・・・・・」
 
 
「ハッ、宿題!」
 
と、少ししみじみとした気持ちになった時の夕方と同じです。
 
競馬で勝っても負けてもこれは同じです。
 
 
小さい頃、公園で野球をしてて、帰りたくない、もう少し遊びたい。
 
しかし、親に呼ばれ帰る友達も出てくる。ボールも見えにくくなってくる。
 
そんな時の夕焼けも思い出します。
 
 
 
 
しかーし、今はお酒があります。
 
子供の時には知らなかった第2ラウンドがあったのです。
 
そのうちに眠たくなるので気づけば月曜日になっていることも多い

ですし、
これはいいですね。
 
今は金銭的なこともありますが、
 
外で飲むよりも、家で嫁の晩酌で飲むことが好きになりました。
 
平日にさっさと家に帰るのがちょっと楽しみです。

年食ったかも知れません。
 
 
 
『第3ラウンドというのも、ありますよ』
 
 
 
 
 
 
 
 
 



えっ・・、天の声・・・空耳でしょうか・・・・・。 
 
「知らん、知らん!」


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長崎市長銃撃、米大銃撃事件、伊賀市長の地震時のゴルフ問題。
これは又あらためて、心が落ち着いてから書きます。


今日は競馬を語る上で外せない人物を書いてみようと思います。
 
その名も

シェイク・ムハンマド(モハメッド)・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム」

ちと長い。
 
UAEは7つの首長国からなる連邦国家です。

彼は、ドバイ首長国(ビル・ゲイツ、ベッカム、ミシューマッハなどの多くの金持ちが別荘を有している)の首長及び、UAE副大統領兼首相。
 
代々マクトゥーム家から首長が出ています。

世界でも有数の競走馬のオーナーブリーダー(競走馬ではドバイミレニアム等が有名)でもあり、その場合は英語読みに近いシェイク・モハメッド(あるいはモハメド)やモハメド殿下の名で紹介されることが多いです。
 
競走馬の生産・管理・調教などを行う組織ゴドルフィンを設立して本格的に活動を開始し、日本でも、日本現地法人のダーレー・ジャパン・レーシングを設立しています。
 
人名によく見られる「アール」という語はアラビア語で「家族・一家」という意味を表し、また同様に「ビン・~」は「~の息子(男子)」という意味。シェイクは殿下を意味します。

ですから、「シェイク・ムハンマド(モハメッド)・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム」とは、「マクトゥーム家のラーシドの息子のムハンマド(モハメッド)にシェイク(殿下)がついたもの」ということです。

参考までに、
父親 ラーシド・ビン・サイード・アル・マクトゥーム
長男 マクトゥーム・ビン・ラーシド・アル・マクトゥーム
次男 ハムダン・ビン・ラーシド・アル・マクトゥーム
三男 モハメド・ビン・ラーシド・アル・マクトゥーム
四男 アーメド・ビン・ラーシド・アル・マクトゥーム
 
それぞれ、シェイクという族長をあらわす尊称をつけて、
父親シェイク・ラーシド
長男シェイク・マクトゥーム
次男シェイク・ハムダン
三男シェイク・モハメド
四男 シェイク・アーメドと呼ばれています。
 
イスラム圏で多く使われる名前の意味は、以下の通りです。
<男性>
     アルシャッド(Arshad) 最も正しく導かれた者、最も道理にかなった。
     アリー(Ali) 気高い、崇高な、著名な、卓越した、名誉な、※預言者ムハンマドの娘(ファーティマ)の夫です。
     アクバル(Akbar) 偉大な、広大無辺な ※「アッラーアクバル」は「神(アッラー)は偉大(アクバル)なり」という意味です。
     ファイサル(Faisal) 審判、判断を下す者、決断力のあるもの。
     アジーズ(Aziz) 強力な、強い、最も尊ばれた。
     ハサン(Hasan)・ハッサーン(Hassan) ハンサム、美しい者、素敵な容姿
     フサイン、フセイン(Husain) 美しい、※アリー(預言者ムハンマドの第4代後継者 の2番目の息子の名前です。
     イムラン(Imran) 注意深く礼儀を遵守する者
     ラシード(Rashid) 賢明な、思慮深い、正しく導く者、
     サーダット(Saadat) 繁栄、幸福 ※故サダト大統領(エジプト)のサダトと同じです。
     サイード(Saeed) 幸運、由緒のある、威厳のある。
     シャフィーク(Shafiq) 情愛深い、憐れみ深い、温かい心を持った。
     ターヒル(Tahir) 高潔な、純粋な、信心深い、謙虚な。

<女性>
     アーイシャ(Ayesha) 活気のある、裕福な、繁栄している、※預言者ムハンマドの夫人の名前です。
     ヌールジャハーン(Noor Jahan) ヌールは「光」、ジャハーンは「世界、世」なので「世の光」という意味です。
     ジャミーラ(Jamila) 美しい、エレガントな、「ジャミール(Jamil)」の女性形。
     ムニラ(Munira) 光、輝き、聡明な、「ムニール(Munir)」の女性形。
     ナイーマ、ナイマ(Naima) 幸福な、安穏な、心地好い、「ナイーム(Naeem)」の女性形。
     ナシーム(Nasim) そよ風、ここちよい風、新鮮な風、良い香り。
     ラビア(Rabia) バスラ(現イラク)に住んだ聖者の名前、「4番目の」という意味もあります。
     ルクサーナ(Rukhshana) 輝き、光り輝いている。
     ウズマ(Uzma) 偉大な、より壮大な、より栄えある、「アザム(Azam)」の女性形。
 
 
父シェイク・ラーシドが首長だったのですが90年に亡くなり、長男のシェイク・マクトゥームが後継者に、2006年1月にそのシェイク・マクトゥームもこの世を去ったので、現在は三男のシェイク・モハメドが首長となっております(たまに見かけるシェイク・モハメド殿下の表記では腹痛が痛いみたいになります)

イスラムには金利という概念がありません。金利=悪との考えがあるようです。

そして、ドバイの各レースではイスラムの教義上、馬券の発売はドバイ国内では行なわれません。

競馬のドバイワールドカップが毎年行われ、総額賞金は世界最高金額の600万ドルで、1着賞金は360万ドル。また同日にはドバイミーティングと題して、他の国際招待レースも開催されます。馬券収益はありません。つまり、ポケットマネーです。

住民の実に90%が外国人、実に60%を、インド人を主とする南アジアからの出稼ぎ労働者が占めています。
また、ドバイはフリーポート(自由の港)で買い物等、税金が全くかかりません。
ということは、貴族階級の富裕層が負担しているともいえます。このあたりの考え方はイスラムならではかもしれません。「貴族階級はアッラーに代わり住民に施しをする」という感覚なのでしょうか。知りませんが・・。いずれにせよ、日本の自慢大会だけをしているようなお金持ちとはスケールが違いますね。
ドバイに旅行した人の文章を読んでも永住したいという意見が多い都市です。ドバイワールドカップしかり、お膝元の都市に行ってみたいという気持ちになります。行ける可能性は今のところひとつだけです。
それは、最初にも書きましたが、殿下のゴドルフィンという組織がやっている「
ゴドルフィンセブンスターズ」です。全世界規模のPOG(ペーパーオーナーズゲーム)を始めました。参加無料です。ゴドルフィンの馬から何頭か選択して、そのポイントを競い合うゲーム。2~3日間のお小遣いで実施しているのか。世界で一位になると、多分US$50,000。(昨年まではUS$100,000だったと記憶)もちろん2位以下でも賞金は出ますよ。さらにファーストクラスでドバイワールドカップにもご招待。
 
しかしだ。英語満足に読めないし、馬も分からない・・・・。
 
 
つまり、なんか、面倒・・・。

しかも、紹介だけで終わってしまった気が・・・。
昨日テレビで「世界ウルルン滞在記」が流れていたので
なんとなく見ていたら、
司会が変わっていました。
レギュラー陣が変わっていたようです。

「配色の妙」という意見があります。(無断転載)
 
 
 
 
反石原でもいいですけどね・・・。久しぶりだな八郎
宅氏萌える渋谷区に…渋谷区長選
 
 
 
背景を知ろうとはおもいませんが。
校長が勘違いして教師に「お尻ペンペン」の罰
 
 


ギャグですか。
 
 
 

しかし、競馬の牡馬クラッシック第一弾の皐月賞(GⅠ)で田中勝春騎手がGⅠ-139連敗を止め、15年ぶり二度目のGⅠ勝利をあげたという
事件?もありました。

「ゴールした瞬間は負けたかな、またダメかーって(笑)。でも、横山(典)さんが『勝ってるぞ』って言ってくれて、それで、あー、勝ったーって(笑)」

インタビューでは涙目で、「これまでたくさん叱咤激励して頂いて」と言っ
ていましたが、その内容はほとんどがカツハルじゃ駄目だというものでした。
「負春」とも呼ばれていました。

が、勝ったときのカツハルコール。
<GIに限っては139連敗中。実に15年近くもGI勝利から田中勝が遠ざかっていたことを、ファンももちろん知っていた。だからこそ、いつものGI後とは違う柔らかな拍手がいつまでも鳴り止まなかった。>
「格別ですね。(ファンの声援も)本当にありがたいです」

競馬場にいたら勝ち負けじゃなく、知らない人と盛り上がれて面白そうでした。地味なインタビューも、差し返したゴール前の必死さも良かったと思います。

「もう勝つとか負けるとか忘れていたんで(笑)。やっぱり、GIっていいもんだなあ」

勝負師としてはどうかと思う発言もありましたが、良い性格なんでしょうね。みんなに祝福される田中勝春。
いい笑顔していて、ほのぼのとしましたよ。
 
 
昼間のパパはちょっと違う
昼間のパパは光ってる
昼間のパパはいい汗かいてる
昼間のパパは男だぜ
 
「パパの歌」 忌野清志郎 (無断転載ですが・・)
 
 
 
で、勝春って結婚してたっけ・・・


サイレンススズカ
生涯成績 16戦9勝(うちGⅠ―1勝)

戦績だけを見てみよう。一流馬には違いない。
しかし、GⅠが1勝となると歴代の名馬の中では見劣りしてしまう1頭であろう。しかし、競馬ファンの記憶に残る馬の1頭であるのは間違いない。好きな馬の1頭である。スタートからゴールまで先頭で勝つという勝ち方が一番美しいとミホノブルボンの調教師はいう。
サイレンススズカは前半からハイペース、4コーナー辺りで少し息を入れ、再び加速してハイペースというもので、スローに落として姑息に逃げ切るような類いではない。素質だけでなく実際のレースで勝ち出したのは4歳から5歳にかけてである。(現表記3~4歳)
 
そして迎えた毎日王冠。
無敗でNHKマイルカップを制した4歳馬(現表記で3歳)エルコンドルパサーと、同じく無敗で朝日杯3歳ステークス(現朝日杯フューチュリティステークス)に勝ったグラスワンダーという2頭の超大物外国産馬が出走するとあって話題を呼んだ。この2頭ももちろん名馬である。3強対決と銘打たれ、まるでGI並みの注目を集めていたのである。1000mの通過ラップは57秒7。並みの逃げ馬なら潰れてしまうところだ。11か月ぶりの休み明けがたたってか、グラスワンダーはついていけない。一方、エルコンドルパサーが追い込んできたものの、すでに勝負の行方は決したあとだった。結局、サイレンススズカは影をも踏ませない完璧な内容で逃げ切ってしまったのである。エルコンドルパサーに騎乗していた蛯名正義は「影さえも踏めなかった」とコメントしている。武豊がレース後に出したコメント。「1000mを56秒台で通過しても平気な馬ですから、今日は比較的ゆったり行けましたね。直線で確認のために一応後続を見ましたが、全然かわされる気はしませんでした」
 
 
次レース。1998年11月1日東京競馬場。天皇賞(秋)。
天皇賞・秋といえば通常10月に行われる。
 
因縁めいたものを感じる。
 
11月 1日 11R 1枠 1番 1番人気
 
「今回もオーバーペースで逃げるつもりです」
前半の1000mはなんと57秒4。 2番手を進むサイレントハンターに10馬身も差をつけていた。この日の逃げは、いつものように、というには少し違っていた。2番手のサイレントハンターも本来は逃げ馬で、しかもサイレンススズカとはもともとスピードが違いすぎることもあって、サイレンススズカのかなり後ろで折り合いがついている。そして、サイレントハンターの位置自体が、馬群からしてみれば「大逃げ」と言っていい場所にいた。ところが、サイレンススズカはそのサイレントハンターをはるかに置き去りにして、前へ前へと進んでいく。サイレントハンターとの差ですら、5馬身、10馬身…。数えるのがばかばかしくなってしまうようなレベルに広がっていく。ましてや、そこからさらに離された後続の馬群とは何馬身差だったのだろうか。「この馬に乗っていると、楽しいんですよ。ほかの馬は、ついてこられないんですから」 サイレンススズカのスピードをこう評した武騎手だが、この日も手綱は持ったままである。1000m通過地点のラップは57秒4で、200m短かった毎日王冠よりもさらに速い、狂気のラップだった。 しかし、普通の馬なら「狂気」であっても、サイレンススズカにとっては狂気でも何でもない。そんな光景は、それまでにも何度も繰り返されていた。一介の逃げ馬であれば「自爆覚悟の玉砕戦法」といわれてしまうだろう。しかし、サイレンススズカは自分のリズムで悠然と走っていたのである。レースを凝視していたほとんどのファンが、栗毛の快速馬の勝利を確信していたことだろう。ところが、3コーナー東京競馬場の名物大ケヤキを過ぎたあたりで予想だにしないアクシデントが起きた。
疾走していたサイレンススズカのスピードが急激に落ちてしまったのだ。そこで14万観衆が見たのは、信じられない光景だった。
サイレントハンターが、サイレンススズカを交わしていくではないか。
サイレンススズカが交わされる。ここ1年間、まったく見ることのなかった光景だった。信じられなかったのは、ファンだけではない。サイレントハンター鞍上の吉田騎手も、レース中で、しかも先頭に立とうという瞬間であるにもかかわらず、その視線はサイレンススズカに釘付けになっていた。後続の馬の騎手たちも同様である。まるで、凍りついたかのようにすべての視線がサイレンススズカに集中した。観客席からは悲鳴とも絶叫ともつかぬ声が上がる。逃げてバテたのではない。故障を発生し、競走を中止してしまったのである。サイレンススズカは、もう走ってはいなかった。サイレントハンターに、そして他の出走馬たちが彼に迫り、そして交わしていこうとするその時、彼は懸命にゴールではなく、コースの外側、他の馬が来ない安全なところへとコースアウトしようとしていた。こなごなに砕け散った脚を引きずりながら。 東京競馬場は、悲鳴の後、沈黙に包まれた。凍りついた空間の中で、激しい攻防を繰り広げる直線だけが生きていた。
だが、この日東京競馬場を訪れた14万人のうち、果たして何人が古馬最高のレースが決着した瞬間を目の当たりにしただろうか。サイレンススズカの脚が砕けた瞬間、武豊騎手は夢の終わりを悟ったという。「何とか種牡馬として生き残ってほしい」 彼の騎手としての本能は、それがかなわぬことを感じ取っていた。だが、それをあえて無視したのは、彼の人間の部分だった。騎手は、レース中の予想もしない緊急事態にあっても、冷徹に判断を下さなければならない。このとき武騎手がなすべきことはただ一つ、後ろから来る馬との激突による事故を避けるため、サイレンススズカを安全なコースの外側へと持ち出すことだった。 しかし、サイレンススズカの脚はこなごなに砕け散っている。そんな馬を安全にコースアウトさせることは、多大な困難を伴う。この時サイレンススズカは立っていることすら不思議な状態だったのに、その馬をさらにコースの外側まで歩かせなければならないのである。このときのサイレンススズカについて、武豊騎手は「僕が怪我をしないように、痛いのを我慢して必死に体を支えていたんだろう」と信じているという。武豊騎手は、騎手としての使命を全うした。だが、獣医の診断は彼の願いを打ち砕くものだった。 「左手根骨粉砕骨折、予後不良」 そして、サイレンススズカはその日のうちに、ゴール板ではなく冥界の門を駆け抜けていった。 レース直後に事故の原因を聞かれた武豊騎手は、怒鳴るようにこう言った。「原因はわからないのではなく、ない」
症状はかなり重かった。左手根骨粉砕骨折。回復の見込みのない致命的故障のため、安楽死処分を取らざるをえなかったという。
レース中に非業の死を遂げたこともあり、サイレンススズカの人気はいまだに根強い。よく、「逃げ馬は華麗だ」といわれる。確かにサイレンススズカの逃げは華麗と呼べるかもしれない。だが、それ以上に人の心を魅了したのは、かつて武豊が言っていたように「オーバーペースで逃げる」危うさにほかならない。「もしかして潰れてしまうのではないか」といった、一歩間違えれば大惨敗につながってしまうような極限のところで走る姿だったのではないか?稲原美彦の言葉がすべてを物語っている。
そして、その日の夜、某所で泣きながらワインを大量にあおる武豊騎手の姿が目撃された。また、主のいなくなったサイレンススズカの馬房では、寝藁の上に崩れ落ちたままぼろぼろと涙を流す橋田師(調教師)
の姿があった。
 
後日談:サイレンススズカのいないジャパンC(国際Gl)を完全な横綱相撲で制したのは、毎日王冠でサイレンススズカの2着に敗れたエルコンドルパサーだった。4歳馬によるJC制覇は、あのシンボリルドルフでさえもなし遂げることのできなかった史上初の偉業である。ジャパンCの翌日、競馬実況で有名な杉本清アナウンサーは、京都駅でたまたまエルコンドルパサーに騎乗した蛯名正義騎手に会った。そこで、杉本氏はジャパンC制覇を祝福する言葉をかけたのだが、蛯名騎手から帰ってきた反応は杉本氏の予想もしないものだった。 「でも、本当に一番強いのはウチの馬じゃないんです」どう答えていいか分からず戸惑う杉本氏に対し、蛯名騎手はこう続けた。「ウチの馬も、サイレンススズカの影さえ踏ませてもらえなかったんですよね。どこまで強い馬だったのか。本当に残念なことをしました」騎手というものは、ただでさえ自分の馬を強いと信じたがるもので、いわんやこの場合、蛯名騎手の馬とは史上初めて4歳にしてジャパンCを制するという偉業を達成したばかりのエルコンドルパサーである。エルコンドルパサーがサイレンススズカに敗れたのは一度だけ、それもサイレンススズカの最も得意とする距離に乗り込んでの敗北に過ぎない。それにもかかわらず、「もう一度戦えば、勝てる」 蛯名騎手にそう思わせもしない、サイレンススズカが毎日王冠で見せた「永遠の差」。それは、果たして強さの差だったのか、それとも何か別のものの差だったのか。その次の年、エルコンドルパサーは日本から欧州への大遠征を敢然と決行した。そこで残した成果は、サンクルー大賞典(仏Gl)、フォワ賞(仏Gll)優勝、そして世界の最高峰・凱旋門賞(仏Gl)で欧州最強馬モンジューと死闘の末の2着という偉大なものだった。しかし、エルコンドルパサー陣営が、賞金の高い日本国内のレースに見向きもせずに欧州へと旅立ったのは、なぜだったのか。欧州遠征を発表する際に理由を問われた二ノ宮師はこう語った。「もはや国内の馬との勝負付けは済んだ」そのエルコンドルパサーが影すら踏むことができなかったサイレンススズカ。もしサイレンススズカが生きていたら、エルコンドルパサーには国内に1頭、倒すべき敵が残っていたことになる。競馬に「たら」「れば」がないことを承知で想像してみると、競馬界には今とはまったく別の歴史が形成されていたかもしれない。
“スズカが好きだったから“ということでウチで働くことになった従業員もいます。”あんな悲しみは二度と味わいたくない“といって、獣医になることを決断した方もいました。そしてなにより、毎年欠かさず墓参りに来てくれるファンがどれだけいることか……」
 
 
天馬、空を行く。やっぱり私の好きな馬の一頭です。
 
(参考資料「Yahoo!競馬 最強ヒストリー」「サラブレッド列伝」)
今日は忙しかったので雑記になりました。
気ままに書いていこうと思います。
 
センバツも始まり、春の競馬のGⅠ戦線も先日の高松宮記念を
皮切りに本格的に幕開けです。最近は競馬場にいく機会が少な
いので残念ですが、暖かくなってきたら、仁川の芝生の上で寝
そべるのも気持ちのいいものです。
 
競馬がギャンブルとして面白い点、
それは、「どの窓口でも当り馬券を売っている」ことです。
 
間違えて裏のレースを買ってしまっていたにも関わらず、
幸運にも十万馬券をとったこと。締め切りに間に合わず
悔しい思いをしたこと。マックイーンが降着になって、
ぬか喜びをしたこと。どれもこれもご愛嬌です。

悪銭身につかず、Easy Come, Easy Go!でございます。

負けたら負け、買っても家に着く頃にはチャラになっています。
常に原点勝負。そんな競馬も始めるのにセンスは不必要。
ヤメ時には必要。偉そうなことを書きつつも、トータルはマイナスです。
2割5分の壁は厚いですよ。しかし、GⅠだけなら収支はプラスです。

遊んだら金を払うと教えてもらったはずです。
仕事が楽しくてしょうがなかったら、お金を払って仕事して下さいって
ことです。仕事にはもちろん達成感や楽しい時もありますが、しんどい
ことや責任の方が多いのが仕事。

競馬で負けてしんどいと思い続けながらやるのは道理じゃないから、
今すぐヤメです。道理に反したらそれなりのブーメランが返ってくるという
ことです。(誰かの日記のようです)
 
麻雀も面白いですが、瞬発力というか状況判断を瞬時にするゲーム
ですし、
「一萬去ってまた一萬」なんて普通です。
競馬は前日から長考できます。
長考しても誰も文句言わないですしね。
でも最終的には馬力本願です。
「どうや・・・?」「今日はヤル気ないねん」と馬と会話ができたらいい
でしょうが、ムツゴロウさんでも無理そうです。
向き不向きがあるかも知れません。

結局、分相応、楽しくやりましょうということです。
 
「俺は競馬が上手い」という人がいます。競馬に限らず必ずいます。
私もなるべく言わないようにしますが。ゴルフでも1週間始めるのが
早かっただけで、うんちくモドキは言えるものです。
そんな人に限ってそれまでは勢いがあったものの、ゴルフ当日になる
と、
「昨日寝てない」「二日酔い」「肩が痛い」。どんどん弱気になってい
きます。
これも人間の性ですね。
 
乱文になりましたが、話は戻って・・・
本来、ギャンブルはうしろめたいものです。
青空の下でというのは贅沢?無粋?かも知れません。
しかし、家でポチポチ、パソコンでやるのもいいが、
競馬は競馬場、どうせやるなら現場がいいでしょう。
 
 
 
ちなみに、勝馬投票券は当日から60日が有効期限です。
慰謝料は離婚成立から3年で消滅時効にかかります。
女性の方はお忘れなく.......。 ぬうぅ




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プロフィール
HN:
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男性
職業:
(今のところ)直接金融業
自己紹介:
我が拳は我流  我流は無型
無型ゆえに誰にも読めぬ
我が拳は邪拳ゆえ種明かしは一回きりよ
私の心持ちの一部です。

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